理解すること、されること
日々のゴタゴタを片付けて自分の中で一番の難題を片付けてきました。
そう、母親への連絡です。
事情がありうちは母子家庭です。母親との関係はあまり良くありませんが、でもお金のことや手続きのことなどはすごくしっかりやってくれる人です。
そして今回学振に落ちたことを報告しました。
…
小1時間ほど説教を食らいました。
予想の範囲内ですが傷心の中少しだけ母親が理解して優しい言葉をかけてくれるなんて甘い考えを持っていましたが、無理でした。
さっさと働いて欲しいという母親の気持ちも理解できますが、少しは応援してはくれないものか、とすこし悲しくなりました。
こういう時父親がいたら何か変わったのだろうか、とたまに考えてしまいます。(物心をつく前の離婚でありほとんど面会もしてないため記憶ゼロですが)
タイトルの話になりますが、私は母親に理解してもらえてないのだろうな、と思います。
去年博士課程への進学をきめたとき、母親に頭ごなしに「お前は就職をしたくないだけだろ!」と言われた時に、不貞腐れてしまい、私たちの中でこの進学の問題は処理できないわだかまりになってしまいました。
でも本当はあの時不貞腐れずに誠心誠意理解してもらうべきだったのかなあ、と今更後悔しています。
なにが書きたかったわからなくなってしまいました。
でも育ててくれたというのは何よりの本当なのですが、どうしても隣の芝が青いのです。
寒くなってきました。皆さんどうかお体に気をつけて。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。